『博士の愛した数式』感想|何気ない日常に美しさを見出したいあなたへおすすめの一冊

読書レビュー

「数学」と聞くと、つい難しくてとっつきにくいイメージを持ってしまいませんか?
でも、小川洋子さんの小説『博士の愛した数式』は、その先入観をやさしく覆してくれる物語です。

記憶が80分しか持たない元数学者と、家政婦の「私」、そしてその息子の「ルート」が織りなす日々。
その静かな生活の中に、美しく輝く数式たちがそっと登場し、心にじんわりとあたたかさを残してくれます。

本作のあらすじと、私が感じた魅力についてまとめました。


あらすじ

家政婦として働く「私」は、記憶が80分しか持たない元数学者「博士」のもとに派遣されます。
博士は1975年の交通事故をきっかけに、新しい記憶を保持できなくなってしまいました。
そのため毎朝、メモを見て「私」の存在を確認するところから一日が始まります。

記憶は失っていても、博士は数学への情熱と誠実な人柄をそのまま持ち続けていました。
やがて、私の10歳の息子も博士の家を訪れるようになり、博士は彼に「ルート」というあだ名をつけます。
三人は少しずつ信頼関係を築き、あたたかな絆が芽生えていきます。

博士の語る素数や完全数、友愛数などに触れるうちに、私たちは数字の美しさ人とのつながりの尊さに気づかされるのです。
静かで優しい筆致で描かれる本作は、記憶という制約の中でも育まれる愛と絆の物語です。


感想

■ 何気ない日常に潜む“美しさ”に気づく物語

読み終えた瞬間に思ったのは、「なんて美しい物語なんだろう」という感動でした。
派手さはないけれど、しみじみと本質に迫ってくる美しさ。本作が教えてくれるのは、数字の美しさ人柄の美しさです。


・数字の美しさ
博士はどんな数も、まるで宝物のように大切に扱います。
ゼロ、素数、ルート、完全数……彼にとってすべての数には意味と美しさがあり、敬意を持って接しているのです。

例えばこんな場面があります。

博士は腕を一杯にのばし、長い足算を書いた。それは単純で規則正しい行列だった。どこにも無駄がなく、研ぎ澄まされ、痺れるような緊張感に満たされていた。
アルティン予想の難解な数式と、28の約数から連なる足算は、反目することなく一つに溶け合い、私たちを取り囲んでいた。(P71-72)

この場面は、博士を初めて外に連れ出したときの描写です。
特異な容姿ゆえに世間から視線を避けられる博士の中に、美しく広がる数学の世界がある
この対比がとても印象的でした。

私は文系出身で、数学は高校の数学Ⅱまでしか学んでいません。
それでも本作を読んで、あの頃感じた数学の奥深さを思い出し、「また問題集を解いてみたいな」なんて気持ちになりました。


・博士の人柄の美しさ
博士は記憶が持たないという制約があるにもかかわらず、常に他者を思いやり、誠実であり続けます。
特に子どもに対しては、数と同じくらいの敬意をもって接する姿が印象的です。

「私」と息子、博士の3人で過ごす時間を通じて、博士の魅力に気づき、心が通い始める様子に、
自分ももっと人の本質を見て接したい、そんな気持ちにさせられました。


■ 子どもは無条件に愛される存在だということを思い出させてくれる

博士は、理由は明かされないまま、子どもをとても大切にします。
どんな子も、どんな失敗も、まるごと受け入れて愛する。そんな愛し方を、博士は言葉と態度で示してくれます。

親であると、つい怒ったり焦ったりしてしまう日常の中で、この姿勢はとても胸に響きました。
主人公の「私」も、母子家庭で一生懸命子育てをしていたからこそ、博士の存在が親子の間にやさしい橋渡しとなったのだと思います。

私自身も、子どもにイライラしてしまった日の夜にこの本を読んで、
「生まれてきてくれた奇跡を思い出して、また明日も優しく接しよう」と思えました。


■ 切なさよりも、じんわりとあたたかさが残るエンディング

「博士の記憶は80分しか持たない」という設定から、最初は切なくて悲しい物語を想像していました。
でも実際は、静かで穏やか、そしてとてもあたたかな読後感でした。

物語の中で「私」は、博士と過ごす夕方の時間が一番好きだと語ります。
この作品全体が、まるでその夕方のように、やさしい光が差し込む時間の流れでできているように感じました。

ラストも派手な展開はありませんが、余韻が心に長く残ります。
「何度でも読み返したい」と思える一冊でした。


まとめ

『博士の愛した数式』は、
✔ 数字の魅力に触れてみたい人
✔ 子どもや家族との関係を見つめ直したい人
✔ 静かで美しい物語に癒されたい人

そんなあなたに、ぜひ読んでほしい一冊です。
読書後、心がやさしくなる感覚を、ぜひ味わってみてください。

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