働くことに疲れたときに読みたい一冊
津村記久子さんの『ポトスライムの舟』は、派手な事件が起きるわけではないけれど、静かに心に染みる物語です。収録されている2編「ポトスライムの舟」と「十二月の窓辺」は、どちらも“働くこと”や“自分を大切にすること”について、そっと気づかせてくれる内容でした。
📖こんなときにおすすめ
- 働くことにふと疲れたり、疑問をもったとき
- 職場の人間関係に悩み、転職を考えているとき
『ポトスライムの舟』あらすじ
主人公・長瀬(ナガセ)は、29歳の臨時職員。年収は163万円。淡々と働きながら暮らす毎日の中で、「世界一周の船旅が約160万円で行ける」と知ったことをきっかけに、「じゃあ私は1年間働いて、世界一周を買ったってこと?」とふと考えます。
その発見から、彼女はお金と時間、働く意味について静かに見つめ直していきます。
✅ 感想
シュールな想像にふと共感
洗剤で腕を擦りながら、だんだんそこに自分が入れようとした文字が見えてくるような気がしてくる。『今がいちばんの働き盛り』と。よく考えたら、文面の今は二十九歳になったばかりの今であるのに対して、刺青はずっとあるものだから、どうしたって矛盾しているのだが、先週はとにかく、いつでも自分自身に見えるところにそう彫らなければ、とずっと考えていた ――津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社文庫、2010年)
主人公のナガが刺青に「今がいちばんの働き盛り」と彫りたくなるくだり。突飛に見えても、なぜか心が追いつめられているときって、そういう想像に囚われることってあるな…と妙に共感しました。
働く意味、お金の使い道を考える
代わりに、一六三万円という言葉が、ナガセの頭の中に彫り込まれようとしていた。
節約しよう、会社に申請している振込先の口座をいったん空にして、今までの預金口座は別の口座に移そう。ちょっと一年間だけ、ヨシカの店のバイトとパソコン教室の収入だけで生きてみよう。
次々と計画が頭をもたげてくるのは気持ちが良かった。ひさしぶりに、生きているという気分になった。 ――津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社文庫、2010年)
「何のために働いているのか分からない」と感じるとき。そんな時にこの作品は、「目標を持ってお金を使う」というシンプルな視点で、生きることをちょっと楽にしてくれます。ナガセが計画を立てていく過程には、働くモチベーションや生活の手ごたえを取り戻していくヒントが詰まっていました。
『十二月の窓辺』あらすじ
新卒で印刷会社に入社したツガワは、女性ばかりの職場で孤立し、厳しい女性上司から日々理不尽な叱責を受けています。相談もできず、退職願を持ち歩く日々。ある日、窓の外で起きた暴力の現場を目撃し、彼女は勇気を出して通報します。それをきっかけに、ツガワは他人や自分の痛みに向き合い、変わるための一歩を踏み出していきます。
✅ 感想
この物語は、「職場での孤独」と「そこから抜け出す小さな勇気」に満ちた一編です。読んで感じたことをいくつか挙げます。
やることをやっていても、評価されないことがある
人間関係や空気感で、努力が伝わらないことってあります。だからこそ、自分で「今日もよく頑張った」と思えることが大事なんだと感じました。
人からの評価は気にしすぎない方がいい
他人の目だけで自分の価値を決めないこと。もっと自分の声に耳を傾けたいと思わせてくれる作品でした。
人には見えないしんどさがある、しんどくなったら、環境を変えてもいい
明るく見える人でも、内側では戦っているかもしれない。そう思えると、少しだけ人に優しくなれる気がします。今いる場所がすべてじゃない。合わなければ離れてもいいし、違う場所を探すことは逃げではなく前向きな選択だと思いました。
自分を大切にすること
自分自身を丁寧に扱うことで、周りにも大切にされるようになるのかもしれません。この作品が教えてくれた、いちばん大きな学びでした。
✍️ おわりに
『ポトスライムの舟』は、働くことに迷ったとき、ふと立ち止まって考える時間をくれる本です。がんばりすぎずに、自分らしく生きるためのヒントがそっと詰まっていて、「わかる…」と何度も心の中でうなずきました。
疲れた心にそっと寄り添ってくれるような一冊。気になった方は、ぜひ手に取ってみてください。
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